16.アワイチ

<その1>

 「アワイチ」とは? これを聞いてすぐにわかる人は、かなりのサイクリング通であろう。これは、淡路島をサイクリングで1周することを意味する。1日で回れない距離ではないが、これでは楽しみが伴わない。のらり、くらり、のーんびり、を日常の基本とする身としては、慌てて1日で回るようなことはしない。ゆっくりと時間をかけて、2日間で回ることにした。1周すると150kmである。もちろん走ることがメインではあるが、じっくりと景色や観光スポットも楽しみたい。今回は島内で1泊するため愛車の使用ができない。そこで、輪行バッグ(※1)にロードバイクを詰め込んでの旅である。

 初日は、最寄り駅から列車を乗り継ぎ明石まで行く。そこからは船で明石海峡を渡り岩屋へ。輪行バッグに入れたロードバイクにも料金を請求されたが、出航10分前なのでぐっと我慢をすることにした。大きさ、重量からしてスーツケースとどこが違うのか・・・?(※2)

 7時15分到着。急いでロードバイクを組み立てる。輪行バッグはきれいにたたんでハンドルにくくり付ける。ここからアワイチのスタートである。さて、どちらを向いてスタートするか? 右でも左でも、結局は島を1周してここへ戻ってくるので、どちらでもいいように思われる。しかし、行く方向を間違えると、楽しみが半減してしまうほどこの選択は重要なのである。これには決まりがあり、時計回りが一般的である。なぜ時計回りか? 島めぐりでは素晴らしい景色を最大限に見たい。そして、自転車は左側通行である。これらから、ずっと海を見ながら走ろうと思うと、時計回りに走ることになる。海をすぐ左側に見ながら島を1周することができる。では、湖の場合はどうか? 反時計回りが正解である。

 今日の宿泊地は淡路島の南側に位置する福良である。ここから85km走ったところである。その間に寄る所が数カ所あるので100km程度になるだろう。走行距離を均等に分けなかったのには訳がある。初日は少々無理をしても距離を稼いでおきたい。なぜなら、翌日はおそらく二日酔いで、ヨタヨタとしか走れないだろうと思ったからである。景観を楽しむのはもちろんのことであるが、やはり夜の酒と肴も十分に楽しみたい。これなくしてはアワイチの意味がなくなってしまう。今夜は美味い酒と魚料理を楽しみたい。しまなみ海道サイクリング同様、足元フラフラ、腹ペコペコ、喉カラカラにして到着というのが最良である。これが上手くいけば、間違いのない結果が待っている。

 ロードバイクの組み立てが完了していよいよスタートである。快晴でありながらどんより(※3)とした空を見上げ、サイクリング中の安全を祈る。風が冷たいので冬仕様の服装で走り出した。

 

※1:ロードバイクの前後輪を取り外し、フレームとともに入れられるバッグのこと。フレームの2ヵ所に取り付けたベルトで肩から下げられるようになっている。

※2:後日、料金の件を確認したが、輪行袋に入っていても自転車は有料というのみで、納得のいく説明は得られなかった。ベビーカー、車いすは自転車ではないので無料とのこと。収入源が人、バイク、自転車の3種類であるから、これらについては形がどうであれ料金を徴収する、というのが経営方針のようである。アワイチに行かれる方は、このことを十分に理解しておかないと、朝から気分の悪い思いをすることになる。

※3:黄砂とPM2.5で、モヤがかかったような状態。

 

 

<前後輪を外してフレームに固定>

 

<輪行袋へ収納>

 

<明石港から出港>

 

<岩屋港からスタート>

 

<その2>

 岩屋をスタートして3km地点に淡路島国営明石海峡公園がある。今の時期(4月中旬)であれば、クリスマスローズ、チューリップ、リビングストンデージーが咲き乱れているころである。まだ開園までに1時間もあるので素通りすることにした。このあたりは自転車が安心して走れる専用の道路があるので助かる。しかし、数キロで終了し、あとは一般道路を走ることになった。海岸線に沿って島を南下していく。10km走ったところで八浄寺へ。ここは淡路島七福神の1つである大黒天が祀ってある。淡路島には七福神巡りがある。調べてみると、そのほとんどが島の海岸線近く(1カ所のみかなり内陸部にある)にあるので、アワイチにはうってつけである。ところで、七福神とは何ぞや? 調べてみると、全国いたるところに七福神がある。そしてそのご利益であるが、商売繁盛、除災招福、五穀豊穣、子孫愛育、出世開運、恋愛成就、学徳成就、諸芸上達、武道成就、降魔厄除、家内安全、夫婦和合、千客万来、家運隆盛、家庭円満、幸福長寿、延命長寿、財運招福、となっている。いいことのオンパレードである。これだけあれば一つくらいご利益がありそうであるが・・・。宝くじを買う時のような様な気分にさせられる。縁のないものから、まだまだすがりたいものまでいろいろである。中には成就すると家庭不和が起きるようなものもある。これだけは絶対に避けなければならない。効果の程はずーーーっと、後にならなければわからないだろうが、とりあえずお参りしておくに越したことはない。知らなければいいが、知ってしまった以上素通りは失礼である。そこからさらに走ること8km、今度は宝生寺である。ここは寿老人である。2寺巡ったところで昼食である。淡路島最大の都市である洲本に到着した。朝が早かったので、ちょっと早めの昼食になった。洲本へ出入りする道路を走るのはかなり怖い思いをする。島中の車がここへ集まってくるのではないかと思われるくらいの交通量がある。ほとんどの道路が片側1車線のため、多くの車は、センターラインを越えて追い越してくれる。しかし、交通量が増え対向車が多くなると、センターラインを越えられないので、ギリギリを追い越していく。乗用車はともかくトラックは怖い。

 洲本で昼食を終え、いよいよ本日のメインイベントである。約50kmを一気に走り福良まで行く。その間に高低差100m前後のところを数か所越えなければならない。最高で152mある。長距離を走った後の上り坂はきつい。これはかなり応えた。海岸線は幸いなことに強い追い風で楽な走行ができた。福良から内陸部に入り、3寺(護国寺:布袋尊、万福寺:恵比寿神、覚住寺:毘沙門天)を回った。淡路島の南側はタマネギ畑が多い、というよりはすべての土地にタマネギが植えてあるといった方がいいかもしれない。ものすごい数である。そして、タマネギの苗を植えている間隔がこれまたすごい。隣どうしがくっつきそうなくらい間隔が狭い。ほとんどの畑にタマネギを干す屋根付きの干場が設けてある。ここで道に迷うと、自力では絶対に元へは戻れない。周りはすべて同じ景色だからである。携帯電話による位置情報のありがたさをひしひしと感じた。

<八浄寺>

 

<宝生寺>

 

<護国寺>

 

<万福寺>

 

<覚住寺>

 

<サイクリングロード>

 

<島を南下>

 


<眼下に海>

 

<タマネギ畑>

 

<その3>

 無事に5寺を回り、宿泊地へと向かった。ここで本日最大の苦難がおとずれた。一旦ホテルの看板の前を通っていたのであるが、見間違えて通り過ぎていた。数キロ走り、どうも変だと思い、位置確認をすると3kmほど通り過ぎていた。最近になってホテルの名称を変更したため、両方のホテル名を表示していたのである。このあたりは高低差が大きく、ものすごい急坂を上って引き返すことになった。そして、ようやく目的のホテルの看板まで戻ったが、ホテルははるか山の上にあった。最後の力を振り絞りやっとのことで到着した。初日の走行距離は115kmであった。予定をちょっとオーバーした。

 ホテルの大浴場でゆったり、じっくりと疲れを癒し、加えて喉のカラカラ度を加速させた。汗と埃を流した後は、地元の幸を求めて福良の街まで遠征である。地元の魚が食べられる季節料理の店へ入店である。地場産の魚を6種類盛り合わせの刺身にしてもらう。早く食べたいが、喉がカラッカラでくっつきそうな状態なので、このままでは刺身が喉を通らない。急いでビールをぐいっぐい飲み、十分に喉の粘膜にビールを浸み込ませる。美味しさは通常の6倍程度はある。ホテルへの急坂がなければ、5倍程度だったと思われる。刺身の美味しいのはいうまでもない。その他の季節料理や蛸の天ぷらも美味しかった。これらに合わせるのは、淡路島名産のタマネギ焼酎「ひだまり」である。店主のお薦め通り、ロックが最高であった。あっさり、すっきりとした味で非常によく合う。もちろんのことであるがタマネギの臭いはしない。飲みすぎ、食べ過ぎの前に撤収である。帰りにコンビニでつまみとビール、焼酎を買い込んで寝酒をしたことはいうまでもない。

 2日目。今日もしっかりと走れるようにと、たっぷりと朝食を食べた。これが失敗であった。早朝から県道237号線を走り、海に突き出した鳴門岬へと走る。ずっと峠道である。荷物が重い上に食べ過ぎがひびき、坂道を上るのがきつい。おまけに昨日の走り疲れや、飲み疲れも加わっているようである。ふらつきながらも、ようやく「道の駅うずしお」に到着した。時間帯によってはきれいなうず潮を見ることができる。この日は大潮(注1)で、最高のうず潮がみられる日であったが、時間帯がちょっとずれた。この日の満潮が12時で、この前後2時間が見ごろらしい。しかし、今日の日程を考慮すると、どうしても3時間前の到着となってしまった。潮の流れは相当早くなって、あちこちでうずの赤ちゃんができていたが、目が回るようなうずではなく、海に白い線を引いたような感じであった。

 ここからはひたすら海岸線を走り北上する。ここにも、強敵が潜んでいた。そのひとつ目が島の南側の激しい高低差である。これが終わり平坦な海岸線に出ると、昨日とは打って変わっての向かい風である。これが第2の強敵である。きつい、頑張ってペダルを踏んでも時速20kmまでいかない。海岸線に沿って、七福神の残り2寺(長林寺:福禄寿、智禅寺:弁財天)がある。その中間あたりでちょうどランチタイムとなった。

注1:大潮とは干潮と満潮のときの水面の差が最も大きい日をいう。この日は1mの干満差があった。

 

<断崖絶壁>


<うず潮の赤ちゃん>

 

<大鳴門橋>

 

<自販機もタマネギとうず潮>

 

<現在、左端の鳴門岬>

 

<長林寺>

 

<慶野松原>

 

<その4>

 ランチになにを食べようかと迷ったが、やはりここは島の名物を食べないわけにはいかない。タマネギは有名であるがこれをかじるわけにはいかない。フグや鱧も有名であるが時期が合わない。鰆やシラスもいいが、パワーを必要とする今なら牛である。ここには有名な淡路牛がいる。走っている最中に、いたるところでその存在を強烈に知らされた。牛糞の臭いがそれである。淡路牛が食べられそうな店を探した。ウエルネスパーク内の浜千鳥で食べられることがわかった。ところが、そこへ行くにはまたも急坂を上らなければならなかった。苦労した甲斐があり、美味しい淡路牛のステーキ丼を食べることができた。できることならここでビールをぐびぐびっと飲みたかったが、そこは理性がきっちりと制御してくれた。淡路牛パワーで無事に七福神を回り終えた。あとは一気にゴールである岩屋港を目指すのみである。ここから35kmの距離である。美しい景色を見ながらの走りで、あっという間に到着した。ペダルを回すことに関しては、脚は全く苦痛を感じていない。2日間の走りで、ほとんど回転運動しかできない脚になってしまっている。ロードバイクを下りて歩くときの方に違和感があり、階段でつまずく。ペダルを回す高低差と階段の高低差が合わないのであろう。

 今回のアワイチでの走行距離は195kmであった。寄り道をせず海岸線を走れば150kmであるから、相当な寄り道をしたことになる。サイクリングでは走行距離とともに負荷が大きくなるのが高低差と荷物の重量である。アワイチで上った高さの合計は約1700mとなった。島の北側は平たんなところが多かったのであるが、南側は高低差が大きかった。最大の高低差は島の東端で152mあった。続いては鳴門海峡が見える辺りでも100mを超える。荷物に関しては着替えや輪行関係、土産などがあるので6.5kgとかなりの重量であった。

 淡路島ではタマネギ、牛糞の臭いと磯の香が印象に残った。どれもいい印象が残っていない。タマネギは畑に植えてあるものは臭わない。臭うのは収穫したタマネギを運ぶトラックである。これが通り過ぎると強烈な加齢臭のような臭いがするのである。風向きによってはしばらく続く。激坂を上っているときであれば吐きそうになる。磯の香りに関しては、追い風のときはほとんど感じない。あまりにも高速で気持ちよく走れるので、そちらに気がいってしまう。向かい風で進まない時は、呼吸が荒くなり、いやでも磯の香りが大量に入ってくる。そうすると、どうしても嫌な臭いということになってしまう。牛糞は言うに及ばずである。

 寒い中での走りであったが、長距離走行、上りのきつさ、荷物の重量等、で結構な量の汗をかいた。上着を脱いだり着たり(上りで汗をかき、下りはその汗で身体が冷えるため)しながらの走りであった。しかし、最も汗をかいたのは、帰りの明石駅の駅ビルで食べた麻婆豆腐であった。これは辛かった。Tシャツでの食事となった。2日間の総消費カロリーは3750kcal。スポーツクラブで消費するカロリーの6日分である。しかし、体重は1kg増えた。かなりの矛盾を感じつつも、アワイチの手ごわさを痛感した有意義な1泊2日であった。

 

<七福神の最後:智禅寺>

 

<野島断層:上下左右のずれ>

 

<野島断層:断面>

 

<庭先1mに断層、さすがに鉄骨は強い>

 

<はるかかなたに明石の街が見える>

 

<間もなく岩屋に到着>

 

<フェリーで明石へ>

 

追記:2日間で200km弱の走行でも疲れる。ツール・ド・フランスは3週間で3600kmを走る。日によっては、1日で淡路島を1.5周する距離を走る。しかも恐ろしいほどのスピードで走る。そのすごさを再確認させられた。今年も間もなくツール・ド・フランスが始まる。これを見て大いに元気をもらおう。そして、決して勘違いすることなく、自分のペースで走ることにしよう。

 

<1日目>

 

<2日目>