103.香水
香水はもとをただせば、体臭をごまかすために作られたものである。体臭には個人差がある。ほとんどない人もいれば強い人もいる。体臭の強い人がそれに打ち勝つための匂いとなると、さらに強いものが必要になる。したがって、満員電車の中で出くわすと災難である。気分が悪くなるくらいの被害を受ける。なぜこれほど匂いのきついものを使うのか? 理由は簡単である。人間の嗅覚というのは最初のうちは敏感であるが、しばらくすると慣れてしまうのである。当人も最初は匂いがきついな、くらいは感じていると思う。しかしすぐに慣れてしまうのでそれほど気にしなくなってしまう。しかし、周りの人間には迷惑この上ないのである。
かつて、海外旅行の土産といえば、「酒」と「香水」であった。酒といえば「ジョニーウォーカーの黒」が定番であった。高級ウイスキーということで、もらって文句を言う人はいなかった。大喜びされる土産であった。女性なら香水である。定番は「シャネルの5番」あるいは「19番」これも匂いの好みにかかわらず喜ばれた。イギリスのウイスキー、フランスの香水はそれくらい世界的に有名であった。そんなフランスの空港でびっくりしたことがあった。さすがは香水の国、と思わせる商品に出くわしたのである。トイレの香水である。体臭が強ければ、当然トイレで排泄するものも臭くなるのだろう、と勝手に推測しながら商品を見ていた。たかがトイレの香水であるにもかかわらず値段が高すぎる。どんな匂いがするのか気になったのでサンプルで確認してみた。非常にいい匂いで気に入った。とはいえ、トイレの香水を購入して、これを身体にふりまいて歩く勇気はない。しかし、トイレ用の香水といわなければ誰も気がつかないだろう。誰も匂いを嗅いだだけで、これがそれであるとは思わないだろう。当時の日本人の香水に関する知識はその程度であった。
意を決して、店員に香水の購入を告げた。「XX YY トイレット」といったところ、きょとんとされてしまった。やはり、トイレの香水を買うだけの品格に見えなかったのか? 再度購入を告げてみた、「XX YY トイレット」。それでも通じないので、商品を指さしたところ、「オー・ド・トワレ?」と返ってきた。「ウイ」とは言ったが、恐らく顔は真っ赤であっただろう。顔から火が出るというのはこういうことを言うのだろう。そういえば、「ジターン」や「ゴロワーズ」も読めなかったことを思い出した。しかしこれらは指さしながら「ギタネス」「ガウロイセス」で通じた。これがまずかったのである。
顔から火が出た「トイレの香水」がまだわが家にある。45年ものになっている。匂いは(多分)変わらず、その当時を思い出させてくれる。瓶の底に2cm程度残っている。というよりは残している。理由は「無知ほど恥ずかしいことはない」という戒めを忘れないためである。