24.風

 風と聞いてどんなイメージを思い浮かべるだろうか? さわやかで気持ちのいい春の風。春一番。冬の木枯らし。ちょっと年配の方であればマリリンモンローのスカートか? それぞれに思いはあるだろう。自転車に乗る者にとって風は大敵である。夏の暑さ、冬の寒さ以上に大変である。何しろ、体に受ける抵抗が半端ではない。歩いているときに前から強風が吹けば、前かがみで歩けば、それほど大変とは感じない。しかし、傘をさしているときに、前から風が吹くとその抵抗は大変なものである。自転車で向かい風に合うと、これと同じような感じになる。前へ進むにはものすごい力でこぎ続けなければならない。これに対して、追い風のときは恐ろしいぐらいスピードが出る。疲れもほとんど感じない。向かい風はわずかでもすぐに実感できる。しかし、弱い追い風はそうはいかない。何となく今日は調子がいい。すーっと、スピードを出したまま走り続けられる。風切り音がいつもより小さい。こんな時は間違いなく追い風の中を走っている。これがサイクリングロードの「往き」であれば最悪である。「往き」があれば「帰り」があるからである。疲れての帰りが向かい風になる。きつさが倍増する。かつて、台風並みの木枯らしの中を走ったことがある。ものすごい追い風の中を走っていた。当然風切り音はしないし、スピードも出る。無風状態の中を時速30kmで走っている。つまり、追い風が時速30km(風速8.3m)である。もう、どこまでも走れるような気がしてくる。全く疲れないのである。しかし、しかし、まだ少しは冷静に考えることができたので、ちょっとは救われた。このまま進むことは簡単であるが、帰りのことを考えると、ちょっとUターンをして風の状況を確認することが必要である、と感じた。Uターンしてすぐに「これは大失敗をした」と反省した。押し戻されるほどの風である。ここまで時速30kmで走って来たが、逆風の中では、必死でこいでも半分の時速15kmが出せない。立ちこぎをすればスピードは出せるが、さらに抵抗が増えて疲れる。かといって、体を丸めたのではこぎにくい。こんなにも遠くまで来たことを悔いることしきりである。帰るのが嫌になってしまう。そうはいってもじっとしていたのでは寒くてしょうがない。サイクリングロードに沿った道路を車が走っている。自動車の力強さを実感させられる。そうこうしていると、タクシーがやってきた。こうなればなりふり構わず、タクシーに乗ろうかと本気で考えた。もし、乗ってしまっていれば、今のロードバイク人生はない。ここはロードバイクを押してでも家まで帰ろうと決心した。強い向かい風の中、20kmの距離を走るというのは大変なことである。腿はパンパンである。無事に帰り着いて、歩こうとしたがうまく歩けない。ロボットのような歩き方しかできない。階段を上がれば足がつるし、それはもう大変な思いをした。

 ロードバイクに乗って、さわやかな風を感じるときは無風状態の時である。この時ばかりは、自分でこいだ速度に見合った風を感じることができる。ゆっくりとこげば、さわやかな風を感じ、力強くこげば強い風を感じる。その時の気分で風の強さを調整できる。しかし、真夏の炎天下に、強い風を受けて涼しくなろうと思ってはいけない。よけいに暑くなるだけでなく、気分が悪くなって吐くこと間違いなしである。

 日本には四季があり、梅雨もある。したがって、いい条件の中、ロードバイクで走れる日は少ない。むしろ厳しい条件で走ることの方が多い。四季を味わって走るのが日本流のサイクリングである。